フランスで注目される「ポジティブエデュケーション」、教科書で学べない授業内容とは?

フランスで注目される「ポジティブエデュケーション」、教科書で学べない授業内容とは?

「叱らない教育」としてフランスでも注目されている「ポジティブエデュケーション」は、ポジティブ心理学の知見を教育に応用したプログラムです。子どもたちの学ぶ力の育成に加え、ポジティブ心理学の枠組みを支える「強み」や「レジリエンス」をもとに、一人ひとりの日々の充実感や幸せを支援します。ただ概念がやや曖昧なため、誤解されることもないとはいえません。実際にフランスの小学校で行っている取り組みを紹介します。

小学校の算数の時間。視覚や触覚を使って具体的な量を体験

日経DUAL記事

一部の教育現場ではプログラムを採用して実践

フランスでは書籍やソーシャルネットワークでもポジティブエデュケーションに関するコンテンツが増加し、それに伴って人々の関心も高まっています。担当教員や学長の方針にもよるものの、一部の教育現場では実際に採用されています。

プログラムの基盤としては、ポジティブ心理学の創設者の1人である米国人マーティン・セリグマン氏によって構築されたPERMAモデルがあります。これは、人間の幸福に寄与する 5つの要素、すなわち、①ポジティブ感情②楽しいことに関わる③豊かな人間関係④人生の意味や意義⑤達成、の5つを柱としています。

小学校で設けた「ランドセルなし」の1週間

では、実例を見ていきましょう。パリのある小学校では、毎年秋に1週間「ランドセルがない週」を設けます。つまり、教科書など勉強道具を一切持って行かずに学校で1週間過ごすのです。

この1週間は教科書では学べないポジティブな感情を生み出す体験によって、子どもたちがよりオープンに、より創造的になることを目標としています。その年によってテーマは違いますが、昨年は「本を好きになろう」というテーマで、子どもたちは1週間かけて本の「背景」を探るワークショップに参加しました。

まずは3日かけて、「海の物語を書こう」というテーマでアクティビティをします。1日目は水族館へ行き、魚たちの動きや水の様子、色や明るさなどを観察。2日目は昨日見た様子を絵にするために、学校に集まります。大きい紙に自分が気に入った魚の絵を描き、1つの作品にしていきます。自由に、しかも大きなスペースに描くことができるため、時間を忘れるほど完全に没頭するのです。そう、PERMAモデルの①と②を実際に体験しています。

3日目は海の物語をエッセイとして書く日です。昨日描いた絵を眺めながらグループで1つの作品にしていきます。大事なことは、事前にグループで話し合い、ルールを決めること。物語のあらすじは各グループで話し合いますが、文字であれば形式は問いません。もちろん詩でもいいですし、1人が先に書いて、その次の人が続きを考えるなど、さまざまな方法があります。 

4日目は昨日書いた作品の発表の時間。発表のルールも各グループで決めます。中には劇形式で作品を演じる班もあり、豊かな発想には脱帽。発表が終わったら各班のよかったところをみんなで伝え合います。同じテーマでもまた違った視点で観られるようになり、さらに工夫した点を褒めてもらえるので自信が付きます。PERMAモデルの③、④のように仲間と協力し合い、肯定的な意義を見つけることができるのです。

5日目はフランスで活躍している作家や絵本の挿絵を書いている画家が学校へやって来ます。今週自分たちが手がけた絵やエッセイの体験もあり、子どもたちからはいろいろな質問が飛んできます。普段はなかなか作家や画家と直接話す機会がないため、あっという間に時間が過ぎてしまうのです。

最後は保護者たちも学校へ行き、今週作った作品を鑑賞。子どもたちの生き生きとした姿を見ると、PERMAモデルの⑤、達成感を感じているのが分かり、親としてもこの1週間でずいぶんと成長したなと思うのです。

このように、子どもたちが自分の強みを活用しそれを伸ばす機会を作れたとしたら、学業やほかの分野で成功することができそうです。良いところを積極的に見て成長につなげるという考え方は、ポジティブな教育学の中心といえるでしょう。

5日目の作家との交流会。作家はサインや簡単な絵を描いてくれた

「過度」にポジティブな教育方針には警鐘を鳴らす声も

一方でポジティブエデュケーションの概念はしばしば誤解され、批判的な意見も見受けられます。最近ではフランスの心理療法士・臨床精神病理学の医師カロリーヌ・ゴールドマン氏がポジティブエデュケーションを批判し、メディアで大きく報道されました。

ただ、彼女はポジティブエデュケーション自体ではなく、叱らない、制限を設けない、ノーと言わないなど「過度に」ポジティブな教育方針に対して警告を鳴らしていたのです。確かに、一歩間違えれば「放任主義」と同一視される可能性も完全には否定できません。

実際、ポジティブエデュケーションを各学校で実施することは簡単ではありません。子どもの感情のあり方に耳を傾け、それをサポートするために、先生は心理学の学問的知識を身に付ける必要があります。さらにコミュニケーションを促進するため、高度な言語能力も要求されるのです。

まとめ

このように教育システムとしてはまだ課題があるものの、上記の学校のように1週間だけでもポジティブエデュケーションを体験することは、子どもたちの能力を引き出すきっかけになるのではないでしょうか。

<参照URL>
Le modèle du bien-être PERMA
https://se-realiser.com/le-modele-du-bien-etre-perma/

Seligman’s PERMA+ Model Explained: A Theory of Wellbeing
https://positivepsychology.com/perma-model/

Caroline Goldman, psychologue : « J’ai vu arriver dans mon cabinet des parents sains et structurés, victimes de désinformation sur la parentalité positive » 
https://www.lemonde.fr/m-perso/article/2023/02/15/caroline-goldman-psychologue-j-ai-vu-arriver-dans-mon-cabinet-des-parents-sains-et-structures-victimes-de-desinformation-sur-la-parentalite-positive_6161957_4497916.html

Éducation positive et bienveillante : en finir avec les contrevérités médiatiques
https://www.milkmagazine.net/article/education-positive-et-bienveillante-en-finir-avec-les-contreverites-mediatiques/

著者プロフィール

世界35か国在住の250名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2019年4月時点)。
企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。

  • twitter
  • はてなブックマーク
  • LINE

関連記事

新着記事