子どもの社会的スキルや心のしなやかさを伸ばす英国の「PSHE」教育とは?

子どもの社会的スキルや心のしなやかさを伸ばす英国の「PSHE」教育とは?

英国の小学校では「PSHE」と呼ばれる子どもの社会的スキルを養う授業が義務化され、年齢に合わせたカリキュラムが導入されています。子どもの人格形成や心のしなやかさを高めることを目的に広い分野をカバーする教科ですが、低学年ではどのような内容を教えているのでしょうか。現地からレポートします。

日経DUAL記事

保健や道徳ではカバーしきれない内容を担う総合教科

PSHEとは「パーソナル・ソーシャル・アンド・ヘルス・エデュケーション」のこと。「人格的社会的健康教育」と訳されています。子どもが生きていくうえで自らの生活を管理し、個人そして社会の一員として成長するために大切な資質を育てることを目的にした教育のことです。

その内容は健康管理の基本や、いじめや犯罪の危険から身を守る知識や考え方、意見の食い違いへの対処、ダイバーシティ教育、人間関係の築き方などが含まれます。保健や道徳の時間だけではカバーしきれない、リスク対策やメンタルヘルスについても学ぶ総合教科といえるでしょう。

PSHEを導入したことで、子どもたちの社会スキルや幸福度が上昇しただけでなく、学業にもよい影響があることが報告されています。

小学校では義務化され学年別にカリキュラム

日本よりも1年早い5歳から小学校教育が始まる英国では、2020年からPSHEが義務化され、どの学校でも決まった時間に授業が行われるようになりました。筆者が取材したロンドンの公立小学校(ロンドン市サザーク行政区)では、以下のようなカリキュラムが組まれています。

・レセプション学年(4歳・幼稚園年長クラスに相当):自分の感情を知る、運動と食生活の大切さを知る、自分の限界を突破する、協力し・助け合う

・小学校1年生(5歳):自分の感情を他者に伝える、歯磨き、病気と医薬品、自分の進歩について考える、いじめ、人体の仕組み

・小学校2年生(6歳):健康的な食生活、ボディイメージ、自分と他人の共通点と相違点、成長マインドセット

・小学校3年生(7歳):クリティカルシンキング、他人の感情を理解する、ルールに対する考え方、睡眠の大切さ、身を守る、自分を大切にする

教室では子どもがペアやグループを組んでテーブルごとに課題に取り組み、それぞれの意見を発表します。例えば「こんなシチュエーションで、あなたはどうしますか?」という教師の問いに子どもは何通りもの行動シナリオを考え、その結果何が起こるかを1つずつクラスで話し合います。どの行動が「正解」ということではなく、取るべき行動は1つとは限らないこと、そして自分の行動によって起こり得る結果を考え、自らの行動を選ぶことができるようになるのが授業の目的です。

学校外からも警察や医療関係者、NPO団体関係者などがゲストとして訪れ、専門家によるワークショップを通じてトピックへの理解をさらに深めていきます。

ワークショップではオンラインゲームの安全な使い方など、子どもに人気が高い遊びにまつわる実用的なシミュレーションが行われます。ほかにも、自己肯定感を育て周りへの気持ちを言語化するアクティビティとして、「あなたの素晴らしい点」と題した表を教室内で回し、クラスメート1人ずつに自分の長所を書き出してもらうといったエクササイズも実施されていました。

低学年では健康管理の基礎とともに「自分と他者の関係」「感情を理解する」「心配ごとへの対応」など自己理解と人間関係にフォーカスしたトピックが中心です。

高学年になるとネットセーフティ教育やいじめ対策、自分や他者が危険な状況に置かれた時の対応など、自分を守り健やかに成長していくためのテーマが増えていきます。

宗教も世界を知る「必須教養」として盛り込む

イギリスではかつて、教会などで行われる宗教教育が子どもの価値観や人格形成に関与してきました。しかし多様化が進む社会や家庭事情を反映し、これまで教会や家族が担ってきた役割をPSHEという形にして、学校を通じすべての子どもに与えることが求められてきているようです。

さまざまな宗教のバックグラウンドを持つ子どもが通学する英国の学校では、個々の信仰とは別に、それぞれの宗教について学ぶ授業も必須教科です。宗教ごとの考え方の違いを知り、課外授業では各宗教施設を訪れることで新しい世界観に触れ、子どもたちの視野を広げていきます。

宗教への関心が薄い日本では、公立学校での宗教教育はほとんど行われません。一方の英国では、宗教は歴史や世界で起きている紛争と深く関係しているため、世の中の成り立ちを理解するための必須教養と考えられています。

PSHEで身につけたことは一生の財産に

PSHE義務化はポジティブな動きですが、今の英国において子どものメンタルヘルスや社会スキルがそれだけ懸念されている結果ともいえます。パンデミックによる全国長期ロックダウンで孤独感や心のトラブルを抱え、その影響を引きずる子どもも少なくないようです。

悩んだり困ったりした時、誰に助けを求めどのように行動すべきか、さらに、解決法をどう見つけるのか。自分を高めてくれる行動や考え方、ソーシャルスキルをPSHEで学び身につけていくことで、子どもたちはストレスや逆境に対する耐性を高め、精神的な安全基地を自らの手で作ることができるようになります。

<参考資料>
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/413178/Not_yet_good_enough_personal__social__health_and_economic_education_in_schools.pdf

ライター:ネモ・ロバーツ

著者プロフィール

世界35か国在住の250名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2019年4月時点)。
企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。

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