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岸田奈美さんと振り返る「パラリンピック」と、これからの「多様性教育」のこと

岸田奈美さんと振り返る「パラリンピック」と、これからの「多様性教育」のこと

パラリンピックも開催された2021年は、親子で障害のある方を身近に感じたり目にする機会も多かったと思います。そこで今回は親子の「多様性」をテーマに、パラリンピックでコメンテーターも務められた、作家の岸田奈美さんにお話を伺いました。

新刊『傘のさし方がわからない』のエピソードも必見です!


岸田奈美さん
1991年生まれ、神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒業。株式会社ミライロで広報部長をつとめたのち、2020年4月作家として独立。自称「100文字で済むことを2000文字で伝える作家」。Forbsの世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 Asia 2021」に選出される。著書に『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』に続き、新刊『傘のさし方がわからない』(小学館)が発売中。
twitter:https://twitter.com/namikishida
note:https://note.kishidanami.com

 

日経DUAL記事

パラスポーツ選手には、その人固有の“幸せの軸”がある

_東京2020パラリンピックNHK中継コメンテーターを務められた岸田さん。改めてパラリンピックで感じたこととは?

私は元々スポーツがあまり好きでなくて。中学時代も仕方なくバスケ部に入って途中で行かなくなりましたし、観戦するにしてもルールを理解するのが苦手です。

パラスポーツについても、高校1年の冬に歩けなくなった母が、リハビリの卓球を「もともとスポーツは好きじゃないのに、なんでこんなことせなあかんの」と興味を示しませんでした。岸田家にとってスポーツはそれぐらいの位置付けだったので、中継コメンテーターという大役が私に務まるのかと悩みましたが、テレビ局の方から「パラスポーツを知らない、分からない岸田さんだからこその声を視聴者に届けてほしい」と言われ引き受けることに。

コメンテーターとしてご一緒させていただいたパラリンピックバスケットボールのメダリスト根木慎志さんはともかく、櫻井翔さんや石黒賢さんといった芸能人の方々が、すごい熱量でパラスポーツを追いかけていたのは衝撃でした。「車いすを数mm高くした」というところまで知っていたり、テレビ中継がない種目も熱心に見ていたり、尺がなくなるまで見どころを語ったり……。それはパラリンピックという競技そのものや選手の人間性に魅せられた故の熱量だったんです。

私が特に印象に残っているのが、車いす陸上の伊藤智也選手です。彼は1963年生まれの陸上界のレジェンド。メダルも有力視されていた実力者。ですが、試合のわずか4日前に、組織委員会のジャッジで障害の軽い「T53」クラスに変更になってしまいました。そのクラスは明らかに伊藤さんよりも障害が軽く動ける方たちだったので、結果は予選敗退。伊藤選手は「仕方ない。人生を本にたとえれば、勇気を出して次のページをめくるだけ」とコメントし、関係者だけが泣いていました。そこで私が何を感じたかというと、一般的に幸せなことである「障害や病気が回復する」ことは、パラの選手にとっては選手生命にも関わる、ある種不幸なことにもなりうる。“幸せの軸”とは、見ている景色や人生のかけてるものによって違ってくるということ。健常者と比べてではなく、その人固有の物語の中でそれぞれの“幸せの軸”があるのではないかと。それに気付いたときに、パラスポーツがすごく面白いなと思いました。

「障害がある家族=可哀そう」というのは思い込みにすぎない

_お母さんが車いす生活、弟さんには障害がある岸田家にとって、周囲から「障害のある家族」という思い込みを感じることがあったそうですね。

障害がある人と過ごす機会がたくさんある人ほど分かると思うんですけど、そうじゃないとどうしてもテレビやドラマで見る「可哀そう」なイメージはつきまといますよね。もしくはクラスに一人いた車いすの子や障害があっていじめられていた子という特定の人のイメージが強くなると思います。

弟が小学校に入学したとき、大勢の生徒の前で先生に「岸田さんの弟さんには障害があってすごく大変だから、みんなで助けてあげようね」と言われたのが一番悔しかったですね。私は大変だと思ったことがないし、大変でいなきゃいけないのかと……。

あとは、高校時代に付き合っていた恋人から、「ダウン症の弟くんの面倒を見る自信がないし、将来もし子どもに障害があったとして、子どもの人生を背負う覚悟がない」というようなことを言われたことがあります。これは本人ではなくご両親が元彼のことを心配して言った言葉だったらしいのでしたが、ショックでしたね。

障害は人によって度合いがまったく違うし、やってほしいことも違う。車いすでも「ドアを自分で開けたい人」と「開けてほしい人」がいます。私が求めていたのは、「障害者の家族がいる=大変で可哀そうなはず」という思い込みではなく、「なにかできることある?」という「頼っていいよ」の言葉でした。

親の発言は責任重大! 子どもには「知りたいことは聞いてごらん?」でいい

_子どもたちに「多様性」はどのように伝えたらよいでしょうか? 親としてでできることとはありますか?

子どもって“違い”に対しては純粋で素直な分、ときに残酷なことも言います。大人でも正しいことを完璧に教えるのは正直難しいと思います。でも一つ言えるとしたら、お母さんお父さんが子どもに「障害があるから可哀そう」「関わっちゃダメ」という決めつけるような、よかれと思っての押し付ける言葉を言わないことでしょうか。子どもの判断軸は親の影響が大きいなので、親の発言は責任重大です。

「車椅子に触っちゃダメよ」というのもそう。中には「触っていいよ」という人もいます。気になったら「かっこいいから触ってもいい?」「この手はどうやってつかうの?」などと本人にたずねてもいいくらいです。

「教える」より「考える余白」。車いすに乗っている人を街で見かけたときは、人によって違うから、「知りたいことは聞いてごらん?」でいいんです。

下手に「触っちゃだめ」「聞いちゃダメ」「見ちゃダメ」と言った「可哀そう」の思い込みを子どもにつけないこと。でないと何もわからないまま大人になってしまいます。

ただ、中には障害がある人の中に「可哀そうと思われたくない人」や「聞かれたくない人」もいますが、可哀そうかどうかは障害のある人自身が障害とどう向き合うかであって、周りは「想像力」を常に持つことが大切です。障害がある人とない人、お互いがコミュニケーションをとりながらしんどいと言い合える社会になるために、「話を聞けること」「時にぶつかること」も必要だと私は思っています。

口から出る言葉が本心とは限らない

__岸田家には家族で対話する際のルールはありますか?

ルールは特にありませんね。基本何を言ってもいい感じです。ただ、発言の内容はあんまり信用していないと思います(笑)。私が中学2年の反抗期真っ只中に、父が亡くなったんですが、「お父さんじゃなくてお母さんが死ねばよかったのに!」と言ったことがありました。もちろん本当に母に死んでほしかったわけではなくて、でも行き場のない感情をぶつけてしまったんですね。そのことをずっと気にしていて、実は最近になって母に謝ったんですが、母は「あのときのあなたは心が傷ついた状態を家族に分かってほしかった。でも上手く説明できなくて、分かり合えなくて辛かったんでしょう」と。だから、口から出る言葉はすべて本心ではないんじゃないかなと思っています。

本当にしんどいときって何がしんどいか自分でも分かっていなかったりしますよね。そんなときは、解決策が出なくても、とりあえず家族や友達に話を聞いてもらうことで救われたりします。母は「どうせこの子たちは、いつか私を超えていくから、自分が側にいなくていいと思ってもらえることが親として一番の幸せ」と言っていました。私が思うに、親の役割とは子どもを旅立たせること、話を聞くことなんじゃないかなと。

新刊『傘のさし方がわからない』のこと

__新刊を出版された今のお気持ちは?

まずは、私の文章を本にしてくださってありがとうという気持ちです。帯を書いてくださった矢野顕子さん、写真を撮ってくださった幡野広志さん、本作りに関わって下さった方々に感謝です。私は普段はnoteというweb媒体で執筆しているので、あえて紙の本にしなくてもいいんじゃないか、という考えでした。皆さんの貴重な本棚にわざわざ何センチか空けてもらうのも申し訳ないと。ただ、私の文章を本で読みたいと思ってくださる方がいて、私が書いたものに魅力を感じて宝物にしてもらえるというのは、本当にありがたいです。

__今回もノンブルを弟の良太さんに書いてもらったんですよね?

はい、前回に続きノンブルの数字を書き下ろしてもらいました。普通「前回より上手に書こう」などという意識が働いたりしますが、弟の場合は「書いているときに、前回よりも美味しいものもらえるのか」ということを気にしていただけ、いたって平常心でした。

それよりも、私が描かねばならない表紙イラストの方が大変でした。絵を描くためにデッサン教室に通ってみたりしたのですが、装丁を手掛けてくださった祖父江慎さんに「前の方が味があってよかった」と言われて撃沈しました……。

__ファンの方にメッセージを

私は書くことで家族の命を救ってきました。今読み返すと恥ずかしいエピソードもありますが、「こういう風に思っている岸田さんがいる」と知ってもらうだけで私は救われます。私の本を読んで笑ってもらえたり、誰かの役立てたら嬉しいです。岸田家の人助けだと思って購入いただけたら幸いです。

著者プロフィール

ライター・エディター。出版社にて女性誌の編集を経て、現在はフリーランスで女性誌やライフスタイル誌、ママ向けのweb媒体などで執筆やディレクションを手がけている。1児の母。2015年に保育士資格取得。

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