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子育て

元陸上選手で哲学者、為末大さんが親として今子どもたちに伝えたいこと

元陸上選手で哲学者、為末大さんが親として今子どもたちに伝えたいこと

世界陸上選手権2大会で銅メダルを獲得し、3度のオリンピックに出場した元陸上選手の為末大さん。ビジネス向け本の出版、Twitterやブログでの発信も注目を浴び、「走る哲学者」との異名もお持ちです。

10月には子ども向けの絵本『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』を刊行。自身も5才の息子さんを持つ為末さんに、本執筆の経緯をはじめ、子どもにとってスポーツをするメリットや来年に迫った東京オリンピックの楽しみ方などについてお話を伺いました。

為末大
1978年広島県生まれ。シドニー、アテネ、北京と三大会連続でオリンピックに出場。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダルを獲得。男子400mハードルの日本記録保持者(2019年11月現在)。12年に現役を引退し、現在はスポーツ×テクノロジーに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partners(http://www.deportarepartners.tokyo/)の代表を務める。5才の男の子の父親でもある。主な著書に『走る哲学』、『諦める力』など。新著は、子どもたちに向けた『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』(日本図書センター)。ブログ(http://tamesue.jp/think)Twitter(@daijapan

 

日経DUAL記事

絵本制作は、子どもたちに「努力が報われない世の中」を強く生き抜いてほしかったから

幼少期から絵本や本が大好きだったという為末さん。

「いつかは絵本を書いてみたいという思いと、今5才になる息子がいるのですが、子どもに大事なことを素直に伝える本を作ってみたいという思いから、『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』を出版するに至りました。世知辛いですが、この世の中はがんばれば必ずしも夢が叶うわけではありません。思い通りにならない社会でも、子どもたちには強く生き抜いてほしい。僕にできることは今まで経験したことを言語化して伝えることだと思いました。親子で一緒に読んでもらい、生きていくために大事なことを考えるきっかけにしてもらえればとてもうれしいです」

著書『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』(日本図書センター)

過去の自分と競争する「陸上」が哲学的思考の入り口に

陸上競技は、チームではなく個人競技なので、どうしても自分と向き合うことが多くなります。また、もう一つ特徴的なのが、陸上は同じ個人競技でもテニスや格闘技と違って、競争するのが過去の自分なんです

タイムで測るので、伸びていないことが非常に明確にわかる。20代を過ぎると自己ベストを超えるのが難しく、やってもやっても自分を超えられないという壁にもぶち当たります。

その現実は変えられず、変えらえるのは自分の認識しかない。なので、認識を変える、考え方を変える、とらえ方を変える、そういった思考になってくるんですよね。

絵本の中で好きな言葉は「努力は夢中に勝てない」

絵本『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』の中に出てくる言葉は、どれも僕の競技人生の経験からきています。その中で一番僕のクセが出ているなと思うのが「努力は夢中に勝てない」という言葉。

自分の人生を振り返ってみても、夢中になっているときに一番タイムが伸びて、頑張らなくちゃと思うときはどこか無理しているところがあった気がするんですよね

ただ子育てにおいて問題なのは、何に夢中になるかを選べないということで(笑)。親が夢中になってほしいものには見向きもしてくれなかったりしますよね。

為末さんが陸上で学んだ3つの哲学

その1 「自分が勝てる場所」を見きわめる

ハードル競技は歩幅の調整が必要で器用な選手が有利なんですね。僕は足の速さに加えて巧緻性もあったので、自分に合うと思って短距離走からハードルに転向しました。

100mをやっているときにピッチが遅いこと(足の回転が遅く、歩幅が広いこと)を直せとコーチに言われていたんです。でもハードルでは逆にストライド(歩幅)が広いことを褒められて。同じ特徴なのに、Aでは短所だったことがBだと長所だと言われる体験をしたんです。

頑張るのも大事だけど、頑張ったらより成果が出やすい場所を選ぶのも同時に大事だということですね

その2 考えても仕方ないことは考えない

スポーツ心理学の1ページ目に「コントロールできないものでなく、コントロールできるものに意識を向けよう」という趣旨の言葉があります。ストア派という哲学の言葉から来ているのですが、コントロールできないのは「他人と過去」、できるものは「自分と今」という定義なんですね。

考えてなんとかならないことを考えることは無力感を生むので、変わることだけ考えればいいよねという非常に西洋的な考え方です。その考え方が染みついていて「しょうがない」が口グセになっています。子どもとの会話でも使っているようで、息子の口グセにもなってしまいました(笑)。

その3 切り替えの早さは考え方でなくテクニック

人間の記憶はみんな脳の中に入っていると思われがちですが、実は外部とのインタラクション(相互作用)で思い出していることが多いんです。腕を縛った状態でラジオ体操をすると、1~2割思い出す確率が低くなるそうなんです。

気持ちを切り替えたいときはどう踏ん切りをつけようかと考えるのではなく、機械的に関連するモノなどを捨ててしまい、そのあと何かに没頭すると、案外その生活に人は馴染めてしまうんですよね

子育てにおいて、大事にしていることは「質問力」を鍛えること

息子に対しては、なるべく質問をするようにしています。理由は、質問に対してその場で考えて答える力が身につくこと、そして質問自体を頭の中で覚えるためです

僕が質問をよくするので、息子にも質問グセがつきました。たとえば街を歩いていても、工事をしている人に「何をしているんですか?」と聞いてみたり。質問の質で息子が物事をどう考えているのか、何を覚えているのかもわかるんです。

わが家は、よく話し合う家族だと思いますね。そのせいか、最近は息子が仮説を言い出すようになりました。だいたい間違ってるんですけど、そう考えているのかと聞いていておもしろいですね。

僕と妻はお互いに本が好きだし、興味があることも似ているのですが、子育てに関しては意見が逆なことも多いんです。

妻はアメリカ育ちで、「好きなこと、得意なことをやって長所をどんどん伸ばしていこう」という考え方。一方の僕は日本生まれの日本育ち。「長所は大事だけど、それなりにうまくやっていけるまでは短所を埋めとかないと」という考え方です。

なので、得意なこと6~7割、苦手なこと3~4割がいいのかなと僕は思っていますが、そこは妻といつも話すところですね。

幼少期にスポーツをするといいことが2つある!

1つ目は小さい頃にさまざまなスポーツをやって神経回路を作っておくと、将来「これをやりたい!」と思ったときに回路を組み合わせて、表現しやすくなるんです。いろんな身体動作をやっておくことで、総合力が高まるので「さまざまなスポーツを幼少期に体験しておきましょう」というのが今のスポーツ理論の主流です

もう1つの利点は、自分の理解度が進む点です。スポーツをしていると人前で何かをしなくてはいけない場面が増えます。緊張で体がうまく動かなくなったり、失敗を経験することも。人ってそれを「なんでうまくいかなかったんだろう」と反芻するんです。

ものに触れさせるという体験はさせられても、心の中のコントロールは難しいんですね。ですから、スポーツを習うと、嬉しい、悔しい、こんなに頑張ったのに…などいろんな心の機微が経験できるんです

2020年のオリンピックは、親子で世界の風を感じるチャンス!

東京でのオリンピック開催で一番大きいのは、「世界からやってくる風を感じられる点」だと思います。

僕は子どもの頃、地元の陸上の大会で三段跳びの世界記録を持ったアメリカの選手を見たんです。190㎝くらいあって、すごく大きいヘッドホンをつけて、体を揺さぶって歩いている光景を見たときに何とも言えない衝撃を受けた覚えがあって。狭い世界で生きる子どもたちにとって、異文化の人たちと触れ合うことで全然違う世界が開ける瞬間があるんです

世界に触れて、まったく違う自分になれるかもしれないという感動を体験してもらえたらいいなと思います。

最後に、為末さんから、子育て中の親御さんへメッセージをいただきました。

「オリンピックが近づくと、親はその選手をどうやって育てたのかという特集が組まれることがあります。結論からいうとそこにパターンはなく、ほぼ運だなと思うんです(笑)。ただ1つ言えることは誰かに何かを褒めてもらえたという経験で子どもは大きく変わります。そこは大切にしていただきたいです。あとは、親御さんの影響だけでお子さんの人生は決まらないので、半分ギャンブルだと思って、ぜひのびのびと子育てをしていただきたいと思います」

Photo:Miho Fujiki

著者プロフィール

女性誌やママ雑誌などを中心に活動するフリーランスのエディター&ライター。育児系の記事から美容企画、タレント取材まで幅広く手がける。6歳・4歳・2歳の三姉妹の母。

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